横浜の50代セラピストの成長記 まだまだ伸びしろあり

介助付きコミュニケーション研究会に参加しました

2018/08/02
 
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nico
横浜のアロマセラピストnicoです。子どもの発達を支援するセラピストを目指してただいま勉強中。50歳を過ぎてもまだまだ成長途中です。子育てをする中で感じたこと、勉強して知ったことを見聞録的に綴っています。
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2018年5月19日(土)


國學院大學たまプラーザキャンパスで行われた「介助付きコミュニケーションの会」に初めて参加しました。
介助付きコミュニケーションとは、言葉を発することが出来ない方たちと、介助者が手を添える、文字盤を使うなどしてコミュニケーションを取る方法のことです。


國學院大學の柴田保之教授は重度障害児の教育の専門家で、重い障害を持った方たちと指談・筆談と呼ばれる方法で、内に秘めた言葉や感情を引き出すことを確立されました。
重度身体障害・自閉症の方たちとコミュニケーションを取れるようになったことで、言葉を発することが出来なくても、その内面には豊かな感情や素晴らしい言葉の世界が広がっていることがわかったのです。

 

私はひょんなことから指談という方法があるということを知り、なんだなんだ?と調べるうちに柴田先生に行き着き、どうしても自分の目で確かめたくて参加させてもらいました。
指談って一体何なのかを知りたくてたまらなかったし、私にも出来るものなのか探るために待ちに待ったこの日だったのです。

柴田先生の提案された指談の記事はこちら↓
http://president.jp/articles/-/21502

 

天地がひっくり返るくらいの衝撃

介助付きコミュニケーション研究会について

想像していたよりもずっとたくさんの方が参加されていました。
大きな教室に100人くらいはいらしていたのではないでしょうか。車椅子の方や付き添いのご家族の方も多く参加されていました。
柴田先生には初めてお会いしたのですが、穏やかで優しそうな雰囲気の方でした。
この会は半年に1回開催されるそうです。たくさんの実践が行われているので、その報告会のようです。

 

私はいろいろ調べているうちに、脳障害を抱えた方は、例外なく高い知性を持っているらしいというのは情報としては知っていました。そして、もちろんそういうことはあるだろうと信じていましたし、頭では理解していました。
けれども実際に目の前で繰り広げられる衝撃的な光景を目の当たりにしたら、にわかには信じがたい、何が起こっているのか混乱するほどの衝撃を受けました。
それはなんと言うか、晴天の霹靂、いえ、天地がひっくり返るくらいの衝撃でした。
今までの概念がガラガラを音を立てて崩れ落ちていきました。

 

お母さん方や柴田先生、支援者の方の手を通じて通訳される言葉は、深く、知的で、豊かな感情や強い意思を持ち、障害があろうがなかろうが、同じ尊厳を持つ人間であると伝えてくれました。
私は読み取る方がテレパシーか何か特殊な能力を使ったものではないかと思っていましたが、かすかな手の動きを読み取っているのだそうです。
そう言われても信じられないほど、スラスラスラスラ流れるように、たぶん私が自分の言葉としてしゃべるよりも流暢に言葉が流れ出てくるのです。
一般的には「重度の自閉症」とか「重度の肢体不自由」と言われる方々なのに・・・です。



身体を自由に動かせなかったり、言葉を持たないからと言って、感情や考えを持たないわけではないのです。
そしてその言葉を、お母さん方や柴田先生、施設の方が、これまた信じられないくらいの速さで通訳されるのです。まさしく神業でした。
目は手の動きにくぎ付けでしたが、何がどうなっているのやら・・・よくわかりませんでした。



発表者の方の中には、施設に通っている女の子とお母さん、その施設の看護師さんと副施設長さんがいらっしゃいました。
埼玉県の施設だそうですが、その施設では指談や筆談を職員の方も出来るように取り組み始めているとか。

「お世話をするほうの方は、長年携わってると経験や勘、思い入れで接することがあるけれど、それは先入観だったり凝り固まった感覚だったりするので、利用者さんの本当の気持ちをくみ取れていないこともある。新しい取り組みやいろいろな方法で、いろいろな感覚や感性を持った人が支えていくのは大事なこと」だと言われていました。
素晴らしい取り組みだと思いました。



お母さんが、この指談を通じて出てくる言葉が本当にお嬢さんの言葉だと信じたのは、お母さんが以前語った言葉を女の子が覚えていたというのがわかったからだそうです。
今では毎日お嬢さん自身が筆談で文字を書いて、詩を書くのが当たり前の日常になっているそうです。
お母さんは喜びを家族で分かち合えるのは嬉しい」って言われていました。

 

指談の危険性

私も頭では理解していましたが、実際に目の前で繰り広げられている光景には、とても戸惑いました。
否定する気なんて全くない、むしろ肯定しますしそういうことがあるとは信じているのですが、それでも、あまりにも一般的な常識、今までの概念とかけ離れた現実に、ただただびっくりしていたと言うのが正しいかと思います。

もちろん「信じられない」と思う人もいるでしょうし、そんなことあるわけないと思う人もいるでしょう。
読み取った言葉が間違っているかもしれない危険性をどのように警告しているのかと執拗に質問を繰り返す方もいらっしゃいました。

それに対する当事者の(障害を持った)方たちの答えはこうでした。

 

「いつもありがとう。そのような意見を言ってくれる人ってとても貴重だと思います。でも、僕たちのコミュニケーション方法を使えなくするような発言は悲しいです。この介助がなければ意思を伝える方法はないのです。どうか温かく見守っていて下さい。」

 

「僕たちは間違えても聞いてくれる、そのことだけが嬉しい。意思を聞いてくれるだけで嬉しいんだよ。」



「君は僕たちを最初から言葉が作れない人間としての思いがあるのではないでしょうか。僕はこのボードは小学校2年生から使っていますが(文字を書いたボードで実際に文字を指しながら答えてくれています)、ほんの一握りの人からしか信じてもらえることはなくて、もう27年になります。根本的に言葉を信じてもらえない生活の辛さや不便を、君はもし自分に起こったらなんと思いますか。僕はたとえ少しの間違いでも、たとえ全部間違っていようとも、僕らの声を拾って下さる、少ない数の方たちにどれだけ感謝をして生きてきたか。君には想像もつかないほどの悔しさと諦めと感謝の人生でした。だからアメリカで何が起ころうと、僕は今この日本において、少しずつでもコミュニケーションのやり方が進められているのならば、健常者は片目をつぶってでも僕らの声を聞いて下さい。これがこのような会を作り上げてきた原動力です。」

 

「僕はこんな感じの人間です。そしてお母さんはとてもいい仕事をしてくれています。でも間違えることもあります。お父さんは全くでたらめです。とてもおもしろい夫婦に守られて暮らしています。もう少しゆっくりと僕たちの成長を見守ってもらいたいと思います。いろいろなことがこの手段に起こっています。この方法が間違っているかということより、広い視野で見守って下さい。」

 

これらの言葉はすべて重度の肢体不自由の方たちから出て来た言葉です。一般的には言葉を発することが出来ないが故に、知的レベルもわからないとされるであろう方たちから・・です。
自分で体験してみないと、いえ、もしかしたら経験したとしても、嘘だとか、介助者が手を動かしているのだろうと言う人もいるでしょうから、あえてこれらの言葉を載させてもらいました。

 

彼らの中にはこれほど明確な意思があり、これほどまでに豊かな言葉を持ち、何もわからないのではなく、むしろすべてわかっている!ということを皆さんにも理解してもらいたいと思うからです。

 

世の中には科学で説明できない真実ってありますね。

 

学校の先生に望むことは?

研究会には特別支援教育の先生になりたいという学生さんも参加されていました。
学生さんは「もはや障害とは何だろう?」と思ったと言われていました。 全く同感です。
その学生さんが「学校の先生に望むことはどんなことですか?」と質問しました。
答えを聞いてびっくりしました。

 

「学校は何も勉強を教えてくれなかったので、とても困っていました。とても眠くて退屈でした。これからはもっと勉強を教えてもらいたいです。ここでもっと話せたらたくさん先生に伝えたいことがあります。信じてもらえないことが残念でした。もっと今度こそたくさんの人に信じてもらいたいです。これからの学校はきっとこの指談を知っている先生が増えるのを信じています。」

 

「小さい子の絵本ばかりで自分の読みたい本が読めなかったし勉強出来なかった。私はお母さんが一生懸命先生に伝えてくれるからいいけど、クラスメートはみんな『言ってもわからない』という扱いをされて悲しかった。本を決めるときは『私も参加させて下さい』とお願いしたが聞いてもらえなかった。言葉も気持ちも要求もあると前提において、その子の気持ちを拾っていく先生になって下さい。」

 

「やりたかったことは国語・算数・理科・社会、みんなやりたかったです。教科書を読んでくれるだけでも私たちは吸収することがあります。わからないだろうと決めつけないで、いろいろな学習や体験をさせて下さい。」

 

本当に驚きました。
特別支援学校の一日がどのようなものなのか私は詳しくはわかりませんが、特別支援学校のあり方もこれから変わっていかなければいけないのでしょうね。変革の時期を迎えているのかもしれません。
当事者の声って、本当に大事です。

 

そして、この声を聞くことが出来た学生さんにはとても貴重な経験だったと思いますし、そのことを心に置いていい先生になって欲しいと思います。

 

長くなってきたので、この後の茶話会での体験は次の記事に続きます。

 

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